にゃんさんブログ

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【感想】愛を読むひと|朗読が生み出した愛と悲しみの物語

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引用:愛を読むひと ワインスタイン・カンパニー

こんにちは。ニャンさん@nyankodearuです。

 

今回紹介する映画は『愛を読むひと(The Reader)』。
ドイツの小説家ベルンハルト・シュリンクが書いた名著『朗読者(Der Vorleser)』が原作で、第二次世界大戦後のドイツを舞台としています。

 

主演である女性ハンナ・シュミッツを演じたのは、タイタニックで有名なケイト・ウィンスレットです。彼女はこの作品でアカデミー主演女優賞を受賞。

 

ケイトの文字通り体を張った熱演が見事で、また物語の完成度が秀逸なため、非常に素晴らしい作品に仕上がっています。

 

少年と中年女性の背徳的なラブストーリーが描かれる一方、ドイツ国民に対する痛烈な批判も込められており、観るものに様々な感想を持たせる名作だと思います。

 

色々なご意見がありますが、私も感じたことを少々述べていきましょう。

 

愛を読むひと~あらすじ(ネタバレあり)~

 

物語はマイケルの回想から始まる。1958年のドイツ、彼は15歳の少年だった。

 

ある雨の日、マイケルは帰宅途中で体調不良になり、嘔吐を繰り返してしまう。身動きが取れないままでいると、そこに偶然現れた女性に介抱された。彼女の名はハンナ。自宅まで付き添ってもらい、マイケルは無事に帰宅する。

 

マイケルは病が癒えた後、花を土産にハンナの元を訪れた。最初は感謝の気持ちを伝えるに留まったが、その後もしつこくつきまとい、いつしか二人は男女の仲へと発展。

 

ハンナはマイケルが本を読めることを知り、朗読をせがむようになった。そして二人はベッドの上で朗読と性交を繰り返すという奇異な関係になる。

 

同級生との関りを拒み、ハンナとの交際を優先するマイケル。
しかしある日、ハンナは突然姿を消してしまう。

 

ハンナと別れて数年が経過し、大学の法学部に進学したマイケル。
所属するゼミの活動で、裁判の傍聴をすることになる。

 

その裁判は強制収容所に関するもので、被告は六名の女性たち。
そしてそこには、ハンナの姿があった。

 

実はハンナには強制収容所の看守として活動していた過去があり、囚人たちをアウシュビッツに選別して送ったとして罪に問われていた。

 

ハンナは仲間たちにも裏切られ、最も重い罪をすべて押し付けられようとしており、ある重要な書類のサインをしたと疑われた。そして真偽を確かめるため、ハンナの筆跡鑑定をするという流れに話は展開する。

 

筆跡鑑定を強く拒み、動揺するハンナ。過去に見せた彼女の行動や、法廷でのふるまいから、マイケルは彼女が文盲であると確信し、サインは彼女のものではないことに気付く。

 

文盲である事実を知られるのを恐れたハンナは、自分がサインしたと認めてしまう。結果として殺人罪で無期懲役の判決が下された。

 

その後マイケルは服役中のハンナに対し、朗読を吹き込んだテープを送るようになった。それを受け取り、読み書きの勉強をするハンナ。テープの中の朗読を通じ、再び二人の交流が始まった。

 

しかし、ある日を境にテープの郵送は途絶えてしまう。新しいものを送ってほしいと要求するハンナ。しかし、マイケルからの返信はなかった。

 

時は流れ、出所が決まったハンナ。家族は一人もおらず、知り合いと呼べるのはマイケル唯一人。施設の職員から、マイケルへ出所支援の依頼がくる。

 

こうして数十年ぶりに再会したマイケルとハンナ。しかしマイケルの態度から、ハンナは自分に対する愛はないと悟る。そして出所を目前に、ハンナは自ら命を絶ってしまった。

 

最後はマイケルが娘とともにハンナの墓を訪れ、そこで物語は幕を閉じる。

 

愛をよむひと~感想~

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とても切ない物語です。様々な要素が複雑に絡み合い、他の方のレビューでも多様な解釈をされていますね。

 

原作の方がより戦争に関するテーマの比重が大きく、映画では一部の話を省略。本記事では、映画版で印象的だったマイケルとハンナの関係について述べていきます。

 

物語の最後にハンナは自殺し、二人の関係は悲劇的な結末を迎えてしまいました。ハンナはなぜ死を決意したのか。それはマイケルと再会した時に、彼の自分に対する感情を読み取り、生きる希望を失ったからでしょう。

 

マイケルがハンナにテープを送った理由、それはおそらく罪悪感からでしょう。彼はハンナが文盲であることを知りながらも、証言することができませんでした。何度も彼女との面会を試み、直前で戻ってしまうシーンが描かれています。

 

彼はかつての二人の関係を知られたくなかったのです。母親ともいえる年齢の女性との行為、さらには戦犯である人物と関りを持っていたなど、自分の将来に悪影響を及ぼすことを知っていたからです。そして、純粋に恥とも感じていました。

 

つまり、ハンナのことよりも自分の保身を優先したということです。その罪悪感から、彼は朗読テープを送るという行動を始めます。

 

ハンナは、テープに吹き込まれた声から、マイケルはまだ自分への愛を持っていると感じたのでしょう。少なくても当初は。それをただ一つの心のよりどころとし、生きる希望に変えていました。

 

しかし再会したマイケルの態度は予想と異なり、昔話に花を咲かせる意思は感じられず、収容所での出来事について非難してきます。

 

ハンナは自分の罪について、「裁判の前は全然考えなかった」と語りました。服役し文字を覚えることで、彼女は自分が人の命を奪う行為に加担してしまったと気付いたのです。さらには自分を愛する者は誰もいないと悟り、ここで生きる希望を失ったのでしょう。

 

この悲しい物語は、様々な要素が絡み合った結果として生まれました。
戦争という時代背景はもちろん、個人の欲情、保身、劣等感、罪悪感、愛。

 

しかしながら、大なり小なりではありますが、人と人との関り合いとはこのようなものでしょう。そしてその描写が絶妙であり、『愛を読むひと』という作品の素晴らしさだと思っています。

 

まとめ

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以上です。

 

前述したように、原作の方がより「ドイツ人の罪に対する意識」にフォーカスされており、これは極めて的確な視点です。このことに触れるには私の知識が不足しているため、ここでは控えることにしますね。

 

しかしながら、映画版もケイトの熱演が見事で、素晴らしい作品に仕上がっています。少しハリウッド色はありますけどね。

 

何度も繰り返し観たくなる名作です。
『愛を読むひと』、未鑑賞の方はぜひ一度。

 

~原作~

~DVD~